こんにちは、ゆりかです。
今回は、今村夏子さんの『星の子』を紹介するよ。
2020年10月、『星の子』の映画も公開されましたね。芦田愛菜さんが、主人公ちひろを演じたことでも話題になっています。
この物語は、15歳の少女が家族を信じ、家族の幸せのためにさまざまな困難や葛藤を乗り越える、少し切なくてでも家族の愛が感じられる物語です。
今村夏子さん
- 出身:広島県広島市
- 誕生日:1980年2月20日
- 代表作:『こちらあみ子』『むらさきスカートの女』
- 主な受賞歴:太宰治賞(2010年)三島由紀夫賞(2011年)河合隼雄物語賞(2017年)野間文芸新人賞(2017年)芥川龍之介賞(2019年)
- 経歴:29歳の時、職場で「明日、休んでください。」と言われ、帰宅途中に突然「小説を書こう!」と思い立ち、書き上げられた『あたらしい娘』が太宰治賞を受賞。同作を改題したのが『こちらあみ子』だそうです。
小説『星の子』
『星の子』は、2017年6月に初版が発行された、長編小説です。
『星の子』の内容
登場人物
- ちひろ:主人公。中学3年生の少女。新興宗教を信じる両親に育てられた。南先生のことが好き。
- お父さん、お母さん:新興宗教にはまっている。
- まーちゃん(まさみ):ちひろの姉。新興宗教を信じておらず、高校生で家を出る。
- 落合さん:お父さんの同僚であり、新興宗教にはまるきっかけとなった人。
- 雄三おじさん:宗教に反対していて、度々両親を説得しに来る。
- しんちゃん:雄三おじさんの息子
- なべちゃん:ちひろの親友
- 海路(かいろ)さん:新興宗教の支部長補佐
- 昇子(しょうこ)さん:海路さんの彼女。人のオーラを見ることができる。
- 南先生:ちひろの学校の教師。端正な顔立ち。
テーマ
信じるって何?
【ネタバレあり】あらすじ
以下、ネタバレありです。
金星のめぐみ
幼い頃、体が弱かったちひろ。ちひろの父親が、会社で相談をしたところ、同僚の落合さんから「水が悪い」と言われます。
それから、落合さんからもらった’’金星のめぐみ’’で料理を作り、体を洗うと、ちひろだけでなく両親も風邪ひとつ引かなくなりました。
その後両親は、落合さんから勧められたものは何でも試し、’’金星のめぐみ’’を浸したタオルを頭に乗せて生活をするようになります。
雄三おじさんお水入れかえ事件
ちひろが小学2年生の時、雄三おじさんが家に訪ねてきます。その日も、ちひろの両親は変わらず’’金星のめぐみ’’で入れたお茶を飲み、頭にタオル乗せていました。
しかし、それは’’金星のめぐみ’’ではなく、雄三おじさんがペットボトルの中身を公園の水と入れ替えていたのです。2ヶ月間ずっと、ただの水を飲んでいた両親ですが、’’金星のめぐみ’’ではないことには全く気が付いていません。
この『雄三おじさんお水入れかえ事件』は、実はちひろの姉’’まーちゃん’’と雄三おじさんが、両親を説得するために協力して行ったことだと後から聞かされます。
その後、ちひろが小学5年生になった時、まーちゃんは家を出ていきました。
集会所
ちひろは、月に2回教団によって開かれる集会に通っています。集会では、「学びの時間」や「ワークの時間」、また皆で歌を歌ったりUNOで遊んだりする自由な時間もありました。
集会には、海路(かいろ)さんと昇子(しょうこ)さんという、国立大学に通う美男美女カップルがいます。海路さんのお父さんは、教団の執行部長、昇子さんのおばあさんは、かつて上層部専属の祈祷師として大活躍していました。
南先生
ちひろが中学3年生になった春、新しい先生が赴任してきます。南先生は、端正な顔立ちをしていて、女子の人気の者。ちひろもたちまち恋に落ちます。
ある日の授業後、ちひろは新村くんと、なべちゃんの卒業文集作りを手伝っていました。下校時間が過ぎた頃、南先生が教室に訪れ、車で自宅に送ってくれることになりました。
ちひろの家の近くの児童公園に差し掛かり、ちひろが車から降りようとすると、
突然南先生に「待て」と右腕をつかまれた。(中略)
今村夏子:『星の子』
ベンチにはふたつの人影があった。
「最近増えてんだよ、季節外れの不審者が…」
南先生に不審者と言われた2人は、緑色のジャージを着て、頭にタオルを乗せているちひろの両親でした。
説得
ちひろは、一人でおばあちゃんの7回忌に出席することになりました。おばあちゃんのお葬式で、両親がお坊さんのとは違うお祈りを唱え始めて退場させられてから、家族では法要に呼ばれなくなりました。
法要が終わり食事を食べている時、しんちゃんが「大事な話がある」と言って、ちひろをカフェに呼び出します。そこには、雄三おじさんと妻の和歌子おばさんもいて、ちひろが高校生になったら、家を出て一緒に暮らさないか?と提案をされます。
雄三おじんさんはちひろを説得しますが、ちひろは「今のままでいい」と答えました。
翌日、ちひろはホームルームの時間に南先生の似顔絵を描いていました。南先生は突然話すのをやめ、「迷惑なんだよ、その紙とえんぴつ。まずその紙と鉛筆をしまえ。それから机の上の変な水もしまえ。」とちひろを叱責しました。
研修旅行
1年に一度、全国各地から会員達が集まって一泊二日を過ごす研修旅行が開催されます。
そこで、ちひろは海路さんと昇子さんのある噂を耳にします。それは、海路さんに騙されたという女性が被害届を出している、というものでした。しかし、研修旅行に参加をしている友達たちは、皆被害届を出した女の人が悪い!と決めつけ、聞く耳もを持ちません。
研修のイベントを終え、ちひろは両親に呼び出されます。3人は昇子さんにおすすめされたという丘に立ち、星空を見上げました。
両親は、流れ星が見えたとちひろに言います。しかし、ちひろには見えません。「みんなで流れ星を見るまで部屋に戻らないぞ」と父が言います。「……もう限界」とちひろは言います。
「せっかくここまできたんだから」「ちーちゃん、もうちょっとだけ」と、両親は必死にちひろを引き留めます。
その夜、3人はいつまでも星空を眺めつづけました。
『星の子』考察・解説
この先は、私が感じたままに『星の子』の考察・解説をします。
ちひろから見た両親
まず、『星の子』は、ちひろの一人称で物語が進んでいきます。ちひろ目線で描かれることで、読み手がちひろの立場に立ち、違和感に気づくことの難しさを体験できるようになっています。
生まれ育った環境によって、自分の当たり前は簡単に作られるんですね。
ちひろにとっては、両親がいつも緑色のジャージを着て頭にタオルを乗せ、’’金星のめぐみ’’を飲むことは当たり前のことだでした。なので、友達に「水は偽物」だと言われても、雄三おじさんに「両親と距離を置いた方が良い」と言われてもその真意に気が付かなかったんですね。
これは、集会に来ていた子供達も同じだと言えます。海路さんと昇子さんに犯罪の疑いがかかった時も、「それは、悪い噂だ」と、信じている子供はいませんでした。
雄三おじさんとまーちゃん
一方で、家族の中にも新興宗教を信じていない人がいました。ちひろの姉、まーちゃんです。
まーちゃんが10歳の時、家族と一緒に落合さんの家に行きますが、落合さんの家にあるものは何ひとつ口に入れようとしませんでした。
そしてその約3年後、『雄三おじさんお水いれかえ事件』が起きるのです。まーちゃんは、両親の異変に気がつき、親戚に助けを求めていたのだと思います。
また、雄三おじさんも何度か両親の説得を試みますが、両親は聞く耳を持ちません。
周囲からの見え方
ちひろが小学生の頃、なかなか友達ができませんでした。それは周りの友達が、両親から「あそこの家の子と遊んじゃいけません。」と言われていたからです。
中学生の頃、南先生からもクラスメイトの前で公開処刑になるような言葉で注意をされます。’’金星のめぐみ’’のことも「変な水」と言っていて、明らかにちひろや家族を否定しています。
周囲の人は、’’宗教を信じている’’という事実だけでなく、ちひろの人格までも否定をしているように感じました。
自分に明らかな悪意が向けられても、さほど気にしていないちひろでしたが、少しずつ新興宗教に対する違和感には気がついているようでした。
流れ星
『星の子』のラスト。研修旅行先で、家族3人が流れ星を見るシーンがあります。
「みんなで流れ星を見るまで部屋に戻らない」という両親と「もう限界」というちひろ。両親はすぐに流れ星を見つけますが、ちひろは一向に見ることができません。ちひろが見つけた時には、両親には見えていません。
これは、今後ちひろと両親が別々の道を歩むことを示唆しているのではないか、と思いました。しかし、あくまでもちひろは最後まで両親のことを信じ抜きます。
わたしたち親子は、その夜、いつまでも星空を眺めつづけた。
今村夏子:『星の子』
両親のことは信じた上で、自らの意思で宗教・教団との訣別を決めるのではないか…と考えられる終わり方でした。
まとめ
『星の子』を読んで、子供の頃から当たり前にあるものに違和感を持つことや、異常さに気がつくことはいかに難しいかを考えさせられました。
新興宗教のある世界で生きるのか、ない世界で生きるのか、ちひろにとってどちらが幸せなのでしょうか。宗教だけでなく、当たり前ってなんだろう、信じるって何だろう、と考えるきっかけをくれた本でした。