【今村夏子】『ピクニック』考察・解説

読んだきっかけ

2020年1月に公開された映画『花束みたいな恋をした』の劇中、主人公の八谷絹（はちや きぬ）と山音麦（やまね むぎ）が言ったセリフに惹かれ、手に取りました。

圧迫面接をされて、落ち込んでいる絹ちゃんに言った一言。

麦くん「あの面接官はさ、今村夏子さんの『ピクニック』を読んでも何も感じない人だよ。」

取引先のお客さんに頭を下げる麦くんに言った一言。

絹ちゃん「その人は、今村夏子さんの『ピクニック』を読んでも何も感じない人だよ。」

今村夏子さんとは

　

『ピクニック』の内容

『ピクニック』は、『こちらあみ子』に収録されている短編小説です。

『こちらあみ子』には、3つの短編小説が収録されていて、どれも短編小説とは思えないほど読み応えがあって、何通りもの考察ができる物語となっています。

登場人物

【ネタバレあり】あらすじ

ルミは、ビキニ姿の女性がローラースケートを履いて接客をすることが売りの『ローラーガーデン』で働いています。ある日、七瀬さんという女性が、ローラーガーデンで働き始めるところから物語が始まります。

七瀬さんは、ルミより一回り以上年上の設定で、大人気のお笑い芸人’’春げんき’’と交際をしていました。

ルミやその同僚は、七瀬さんの恋愛を応援し、アドバイスをしたり時には励ましたりします。しかし、新人だけは、七瀬さんの交際の事実を否定し、攻撃的な態度を取ります。

以下、ネタバレありです。

七瀬さんと春げんきのなれそめ

ルミが「彼氏いるの？」と聞いたことをきっかけに、七瀬さんは’’春げんき’’との馴れ初めを話し始めます。

春げんきが子供の頃、川で運動靴を洗っていて、片方を川に流してしまます。それを川下で拾ったのが七瀬さん。七瀬さんは、靴に’’春げんき’’と書いてあるのを見ますが、また川に流してしまいます。

数年後、七瀬さんが深夜ラジオを聞いていると、新人タレントが、「子供の頃に川で運動靴をなくしていまった」というエピソードを話すのを耳にします。名前は’’春げんき’’。地元が同じであったことから、あの時拾った靴のことを思い出します。

そして、七瀬さんは、春げんき宛に「小学生の時、あなたがなくした靴を川で拾いました」と、ハガキを送ります。

ハガキはラジオで紹介され、春げんきは「おれこの子と結婚します！」と宣言し、七瀬さんはラジオ宛に何度かハガキを送ります。5回目に彼から電話があり、2人は付き合い始めました。

携帯電話の捜索

『ピクニック』の主な出来事の中に、「春げんきの携帯電話の捜索」があります。

テレビで、春げんきが『最近一番ショックだった出来事』というお題で、’’携帯電話を川に落とした’’というエピソードを話します。その後、七瀬さんの電話捜索が始まりました。

七瀬さんは、ホームセンターで鋤（すき）を購入し、くる日もくる日も用水路に入り、春げんきの携帯電話を探します。ルミたちも電話捜索に同行し、水辺に座り七瀬さんの作業を見守ります。

結局、携帯電話は見つかりません。しかし、段々と綺麗になっていく用水路にやりがいを感じ、七瀬さんは携帯電話探しを続けるのでした。

消えない虫刺され

七瀬さんの左脇腹には、赤い虫刺されのあとがあります。仕事中はビキニを着るため、ルミたち従業員も皆知っていました。

ある日、七瀬さんのロッカーに「あなたのそれは副乳と呼ばれるもので、病院に行って手術しない限り絶対に治らないぞ絶対に」と言う手書きのメモが貼ってあります。

ルミたちは、新人を呼び出し問い詰めますが、新人は知らないと答えます。

新人

その後、更衣室で話していたルミは、七瀬さんが間もなく誕生日を迎えることを知ります。誕生日当日は、普段通りに過ごすと言う七瀬さんに、新人は悪意をこめて「せっかくの誕生日なんだから、彼と過ごせば良いのに」と言います。

すると、七瀬さんは、誕生日当日は春げんきの都合が合わず、来週東京に会い行くのだと答えました。

七瀬さんが東京に行くと言っていたその日、新人は、公園のベンチでハトに餌をやる七瀬さんを目撃します。それから七瀬さんに対する新人の態度は、目に見えて悪くなっていきます。

一方で、七瀬さんは急に元気がなくなり、ルミたちは「倦怠期かも？でももう14年も付き合っているんだからそろそろ結婚かな？」などと、七瀬さんの結婚生活を予想し、メモに書き留めます。

翌日、『人気お笑いタレント春げんき結婚！』というニュースが流れました。
結婚相手は、七瀬さんではありませんでした。

七瀬さんの欠勤とメモ

春げんきの結婚報道があってから、七瀬さんは風邪でローラーガーデンを休みがちになります。

新人は、「七瀬さんは、春げんきとは決別しない、不倫に走るのです。不倫の方がおもしろいじゃないですか。」と言い、ルミたちは「おもしろいってなに？七瀬さんは真剣なんだから！」と言って、やりとりをメモに書きます。

ルミたち「なんで笑ってんの？」
新人「先輩たちが笑ってるからです。」

ルミたちはお互いの顔を見ます。
誰も笑ってなんかいませんでした。

ピクニック

翌日、ルミたちはお見舞いを買って、七瀬さんのアパートを訪れます。

七瀬さんは不在だったので、不倫のやりとりを書いたメモをドアに挟んできました。ですが、謝ってもう1枚のメモ（結婚生活を予想した方）を挟んでしまったことに気がつきます。

それからも七瀬さんは、ローラーガーデンに出勤することはなく、店の支配人から七瀬さんが街を出て行ったと聞かされました。

数日後、ルミたちはもう一度七瀬さんのアパートを訪れます。すると中から、ラジオの音と七瀬さんがいる気配がしました。誰もチャイムを押そうとはせず、アパートを後にし、水辺に向かいます。

到着するなり、ルミたちはシートの上でビールのプルトップを開け、秋たけなわこの素晴らしい陽気に乾杯しました。

『ピクニック』の考察・解説

ここからは、私が感じたままに考察・解説をします。

自覚がない悪意

まず、『ピクニック』は、ルミとルミの同僚を主体として、物語が展開されます。

冒頭ルミたちは、熱心に七瀬さんの恋愛を応援している、、ように見えますね。

しかし、実際には、七瀬さんと春げんきの交際を嘘だと思っています。表では七瀬さんの味方をしておいて、裏では同僚と七瀬さんをばかにして遊んでいたのではないでしょうか。

これは、「なんで笑ってんの？」「先輩たちが笑ってるからです。」という会話や、結婚生活や不倫のメモを書いている場面から推測しました。

また、ルミたちは、春げんきの携帯電話探しを手伝っている、、ように見えますが、実際には水辺に座っているだけです。他にも気になる描写が沢山あるので、是非読んでみてください。

この物語の怖いところは、ルミたちの’’相手をばかにして遊んでいる’’という自覚がない、ことにあるのだと思います。

この続きは、下の’’『ピクニック』の由来’’で書きますね。

ストレートな悪意

次に、七瀬さんにストレートな悪意を向ける、’’新人’’の存在です。

新人は、七瀬さんと春げんきの交際を嘘だと公言していて、七瀬さんに対しても分かりやすく冷たい態度で接します。

『ピクニック』では、一見悪役に見えますが、実は現状を客観視している唯一の存在と言えます。

『ピクニック』の由来

この歪んだ物語のタイトル『ピクニック』の由来について考えてみました。ピクニックから、連想されるのは、明るくて爽やか、楽しいイメージです。

物語の最後に、皆でシートを広げビールで乾杯する『ピクニック』のような、描写がありますが、実際には七瀬さんの恋愛ネタをばかしにてお酒を飲むという、暗くて歪んだ人間の醜さを象徴した場面です。

人をばかにして、いじめる行為を無意識で行なっている。そして自分たちは、七瀬さんに親切に接しているから何も悪いことをしていない、という間違った認識。それでいて著者の今村さんは、『ピクニック』という、あえて楽しいイメージのタイトルを付けたのではないか、と思いました。

だとしたら、今村さんはとても恐ろしい作家さん（褒めてます）だと思います…

書き手の誘導

映画『花束みたいな恋をした』の劇中で、主人公が言った

「その人は、今村夏子さんの『ピクニック』を読んでも何も感じない人だよ。」

何も感じない人。それは、無意識に誰かを傷つけている人。ではないでしょうか。

『ピクニック』では、筆者の今村さんは圧倒的にルミたち視点で物語を書いています。だから、悲しんでいるかもしれない七瀬さんの気持ちが全く見えないんですね。そして、ルミたちが陰で七瀬さんの悪口を言っていたり、ばかにする様子も描かれていません。

今村さんは、3人称小説にすることで、読者に与えたい情報のみを与え、意図的に思考を偏らせていたんです。

これは、情報過多な現代で、信じて良い情報は何か。何か正しくて何が間違っているのか。を考える良い機会となりました。

まとめ

辻村深月さんや、東野圭吾さんの作品を読むことが多かった私にとって、今村夏子さんの作品は衝撃的でした！！

小説は、登場人物の心情が細かく描写されていた方が面白い！と勝手に決めつけていましたが、限られた情報の中だからこそ、考えさせられることもあるのだな、と思いました。

『ピクニック』では、結局’’七瀬さんと春げんきは付き合っていたのか’’、’’七瀬さんのロッカーに貼り紙をしたのは誰か’’など、明らかにされていないことが多々あります。正解がないからこそ、『ピクニック』を読んで感じられることは、千差万別なんだろうなぁ〜と思います。